2006年08月24日

これって知的怠慢ではないのか?〜iZa!版より

【コラム・断】硬直化した指導者たち

私は日和ってしまったが、「わからない」という自信ある答えがあってもいい、と思う。唯一絶対の正しい思考などないからである。



唯一絶対に正しい思考はない。

正論です。

思考とはその人の知見と語彙によってその深さが変わってくるだろうし、新たな発見があればそれまで正しいと考えていたことでも180度評価が変わることがある。


それが学問(学問に限らないが)に対する真摯な態度であろう。

しかし、A級に限らず大東亜戦争で「戦犯」とされた方々の処遇については、「思考」の問題ではなく「法律」の問題だと思う。


日本は国会で決議し、サンフランシスコ講和条約の規定に従った措置をとった上で全ての戦犯を赦免しているのだ。

これは過去の国会議事録でも調べればすぐに分かることだろう。産経にコラムを寄せるほどの人であるなら、簡単に調べることができるはずだ。


それをせずに「わからない」と言ってしまったら、それは知的怠慢ではないだろうか?

我が首相だけではない。情けないのは中韓の指導者たちも同断である。三者三様に、なんと非寛容で幼稚なことか。


それはないだろう。

中韓の指導者たちと我が首相をこのように並べて論じては小泉首相に対してあまりにも失礼である。


本質が全く違うではないか。

まず、中韓の行っていることが明白な内政干渉だということである。それをはねつけるための首相の行動を非寛容と言ってしまっては、内政干渉を許すことになってしまう。

中韓両国の言う「歴史」とは虚偽と歪曲、捏造に満ち満ちている。歴史というよりは「ファンタジー」だ。


そのファンタジーをベースにしてイチャモンをつけてくる中韓の指導者が非寛容で幼稚という点だけは賛同する。

posted by 小龍景光 at 19:45| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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