2006年06月05日

伊勢物語のこと

伊勢物語はご存じの通り平安初期に完成した全125段からなる作者不詳の歌物語で、主人公には在原業平の面影が見え隠れしています。
武田信玄の嫡男である太郎義信が母の実家である今川家に、信玄が今川家から借りていた伊勢物語の写本を無断で返却してしまい父子の関係に亀裂が入る切っ掛けにもなっています。

唐衣着つつなれにしつましあれば はるばる来ぬる旅をしぞ思ふ♪

都を離れた在原業平が、川のほとりに咲くカキツバタの花を見て旅する気持ちを詠んだ、伊勢物語の中でも有名な一首です。カキツバタを題材にした歌として知られていて、「折句」と呼ばれる技巧を凝らした歌としても有名です。
各句の頭文字を取ると「か」「き」「つ」「は」「た」となり、「唐衣」「着る」「な(慣)れ」「妻(褄)」「はるばる」と、身を包む衣の縁語が散りばめられていて、たった三十一文字の中でこれだけの表現が可能だということに驚きを禁じ得ません。こうした和歌に触れていつも感じることは、太古から「言葉」に対する大和民族の思い入れです。常に新しい表現を追及しながら日本語の奥行きを深めて、表現の多様性を求めてきたんでしょう。
こうした言葉の繊細さや多様性が日本人の民族性を作り上げてきているのだと思います。言葉は文明そのものだと言います。これは日本のように「民族」と「文明」が1対1でつながる場合は、言葉は民族性そのものとも言えるのだと思います。
「国家の品格」で藤原先生も繰り返し指摘していますが、小学生のうちから繊細で多様な日本語をしかりと教えていくことはとても重要なことだと思います。こうした言葉の繊細さを身に付ければ、自然と立ち居振る舞いにも品格がでてきて他者を思いやる人格も形成されていくような気がします。
それにしても、杜若の可憐さに想う女性との別れを歌い込めた情緒の深さがステキだなって思います。「希代の色好み」と評される業平に、これほどの“想い”を抱かせた「妻」とは・・・。きっと情感の深い素晴らしい女性だったんでしょう。

伊勢物語の中からそのような女性を一人選ぶとすれば、やっぱり藤原高子じゃないかと思います。業平が思いつめたあげくに、なかなか成就しない想いを満たすためについには高子を盗み出してしまいます。

♪白玉か何ぞと人の問ひし時  つゆと答へて消えなましものを♪

高子を背負って逃げている途中、芥川という所まで来ました。その時草に露が光っているのを見て、深層のお姫様で夜露など見たことがなかった高子が「あのキラキラするものは何ですか?」と聞きました。

まだまだ逃げることに精一杯だった業平は高子の問いに答えることをしなかったのです。やがて雨が降ってきたので、近くの小屋の中に逃げ込み、高子を奥の方に寝せて自分は入口の所で見張っていました。ところがその小屋は鬼の住む小屋で、高子が悲鳴をあげたのも雷のため気づかず、高子は鬼に食われてしまいました。
朝になってやっと異変に気づいた業平がさめざめと泣いて詠んだのが「白玉か・・・」の一首です。

♪白い玉かしら何かしら?と愛しい人が聞いた時に、あれは露というものだよ、と教えてあげて自分も露のように消えてしまえばよかったのに♪

史実としては高子は追っ手に連れ戻されてしまいます。藤原基経の妹で、清和天皇に嫁ぐ予定で入内は貞観8年(866)。高子と清和天皇の仲は必ずしもよくなく清和天皇の愛は高子の従姉多美子にありました。しかし運命は皮肉で天皇と多美子の間には子供はできず高子との間に産まれた貞明親王が後に陽成天皇となり、基経の家はその後も代々栄えていきます。

でも、高子の思いはずっと在原業平にあったのではないかと思います。高子と天皇との仲がよくなかったことは、後に清和天皇が譲位後出家(876)した時に多美子は一緒に出家して従ったのに対して高子は出家しなかったことにも現れています。

♪千早振る神代も聞かず龍田川唐紅に水くぐるとは

この歌は宮中で業平が高子の前で詠んだといわれており二人の愛が生涯続いた証のような気がします。

業平と高子の物語は伊勢物語第6段に記されていますが、伊勢物語ではこのあと業平の東下りの話になり、業平と高子の事件が業平の東下りの原因ではないかと暗喩しているかのようです。

♪名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと

この「思ふ人」も当然高子のことなのでしょう。この一首は高校の古典の授業で知ったときから大好きな歌です。

ちなみに、「いずれ菖蒲か杜若」というどちらも優れていて選択に迷う、あるいは似ていてまぎらわしい、という意味で用いられる言葉があります。

この言葉の基になったのが業平の「唐衣・・・」の一首と、源平盛衰記や太平記などに記されている源頼政と菖蒲前の恋物語です

あやめやかきつばたは「恋の花」のイメージに彩られているんですね
posted by 小龍景光 at 20:24| 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | 文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「あやめ」も「かきつばた」も、季節的にぴったりのお話でした。
在原業平。三十六歌仙の一人ですね。
美しい文字で歌を詠み、しかもその文字は華麗な料紙に描かれる…。
奥深い日本の美意識を誇りに思います。

景光さんのロマン溢れる日記。素敵でしたわ^^
Posted by メディカルエンターテイメント at 2006年06月05日 22:26
ご存知かもしれませんけど、カキツバタは杜若と漢字をあてますが、
これは本来ヤブミョウガの漢名で、誤ってカキツバタの漢名と当てたらしいです。


恋のお話ばかりでなく、四季を楽しむ心(惟喬親王と雪月花)や旅の心(東下り)を描いたエピソードも味わえますよね。

今の時代より旅の情感はもっと強かったんでしょうね(^・^
Posted by 鈴蘭 at 2006年06月07日 00:24
メディさん

伊勢物語は源氏物語の次に好きな作品です。日本人に生まれて良かった〜〜(^^)
Posted by 小龍景光 at 2006年06月07日 19:00
鈴蘭さん

>ご存知かもしれませんけど

う・・、知りませんでした〜(^^;
勉強勉強(^^)

>今の時代より旅の情感はもっと強かったんでしょうね(^・^

いまは、うっかりすると「旅」と言うよりは「移動」に近いような気もしますね・・・。目的地に早く到着できるのもいいんですが、やっぱり行程をを楽しみたいですね〜。
Posted by 小龍景光 at 2006年06月07日 19:10
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